logo3.bmp 2010年、バージョン3となる城福東京の進化は止まらない!味スタ満員を達成しよう! 

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2008年04月14日

ダービー緒戦を終えて

080412-07.jpg「ホーム味スタに対する思い。FC東京はこれに勝っていた。だからFC東京が勝つ。」
フットボールのゲーム、勝ち負けの要素なんか山ほどある。しかし、上のような理論を押し通してこそダービーの意味がある。

昔からのコアサポーターの思いに、僕のような新米サポーターもついていく。
ダービーが始まった7年前からずっとプレーしている藤山や浅利のような選手にそれ以降FC東京に入った選手がついていく。
去年までFC東京にいた土肥や福西がヴェルディに移って、悔しさをダービーという土俵に乗せて気持ちを入れていく。
チームが、メディアが、世間が東京ダービーと言う言葉に戦いの意味合いを括り付けていく。

昨日起こった出来事は、僕に奇跡を見せてくれた。
僕が連れて行った友達にFC東京サポーターの最高の姿を見せてあげられた。
ただただ、ダービーは素晴らしいと感じるしかない僕だ。

昨日、この試合の定点観測にも書いたが、FC東京というチームはこのダービーですごく成長した。
そして僕も、ダービーを通じてFC東京の過去を感じられたし、FC東京気質を僕自身の中に少しだけ取り入れることができた。
僕にとって、公式戦初の東京ダービーは、FC東京が勝ったからこそ、たくさんのことを僕に見せてくれた。
本当に幸せだ。

ダービー前には、土肥がインタビューの活字記事を通じて思いを語っていた。
恨み節とも聞こえる内容は彼のプロフェッショナルとしての本音なのだろう。
そんな土肥を僕はかっこいいと思う。
自分の人生に奇麗事を割り込ませない。自分で責任を取るしかない世界で生きている者は自分で自分を奮い立たせなければならない。
古巣に関わる人間がどう思おうと自分が一番奮い立つための環境に自分を追い込んでいく。
プロフェッショナル。

そして福西。彼もまたプロフェッショナルだ。
僕が想像するに去年のシーズン前、FC東京は交渉の席で、彼に相当な期待の言葉と口約束をセットにして勧誘したに違いない。
そして彼も相当の覚悟を持ってジュビロを離れた。しかし、待っていたのは1年での構想外宣告。
どこにいようと、彼は彼のプレイ・スタイルを変えない。
それが決してフェアでないとしても、それが彼のプレイスタイルなのだ。
ストロングポイントをプレイの基盤として、絶対にまけない気持ち。
今回の記事の写真は、批判でもなんでもない。彼の気持ちを表現した。
殴られた今野はかわいそうだが、自分のストロングポイントで勝負している男の写真だ。
そして今野もまた、自分のストロングポイントをこの場面で表現していた。

僕はダービーが荒れることは決して良いことだとは思っていない。
でも、でも。
男たちがプロフェッショナルの看板を掲げ、狂気に紙一重まで近づいて戦っている場所が常にきれいであるはずが無いのだ。

そして、この写真に象徴されるこのダービーマッチの出来事も、僕のダービーの歴史として積み重ねさせていただきたい。

最後にフッキについて。
彼は自分のストロングポイントの一部しか知らないアマチュアだ。
レフェリーに自分をどうしてほしいのか。
輝ける場所に自分を追い込んでいける程のプロ意識が彼にはまだ無い。
彼がプロフェッショナルになった時、彼の舞台は日本ではなく、ヨーロッパになるはずだ。

という思いを残し、城福東京のダービー、そして僕のダービーが始まった。
後、3試合。すべて勝つ。
すべて勝つ。

posted by pepper at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | FC東京 ダービー

2008年04月12日

意地の勝利

080412-01.jpg何はともあれ、この一言を言わせてもらう。
ありがとう、FC東京。 
 
今年1回目のダービーを征したFC東京。
今日のDF陣の頑張りには心から拍手を送りたい。
 
深夜2時からの読売TVでゲームの放映があるが、このまま見たい気分だ。
 
awayゴール裏は気合十分で、練習中から選手のコールをはじめるなど、中心部の意気込みが伝わってきた。
お陰で、後半は声が枯れてきて苦労したが、良いゲームを見せてもらった。
 
もう一度言わせてもらう。
ありがとう、FC東京。
posted by pepper at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | FC東京 ダービー

2008年04月11日

ダービーの歴史と対峙する新米ファン2

080409-01.jpg2003年のJ1セカンドステージ第14節。ホーム最終戦のFC東京は節目となるダービーに臨んだ。
残念ながらこれも僕の知らない東京ダービーの歴史だ。
前回に引き続き「TOKYO WASSHOI!」(後藤勝著)とFC東京webページの記録から書いてみる。このダービーはいくつかの点で非常にユニークであり特別な試合だった。
この年の2ndステージ、原博実率いるFC東京はこの日のホーム最終戦まで優勝争いを演じていた。
勝てば優勝の可能性が残り、引き分け以下ならその目が無くなる。
同様にエムボマを擁するヴェルディも同じ条件で試合に臨んでいた。

そして、アマラオ。この試合でJ1通算100試合出場の記念試合であり、
特記すべきは、この週の東京中日スポーツは彼がFC東京から今期限りで退団することを伝えていた。

試合前、味の素スタジアムの大型映像には、You'll never walk aloneのイントロに併せて、アマラオの活躍を振り返るような特別な映像が流れた、とある。
当然味スタは東京ファンであふれ、今日が特別な日だと表現するようにヴェルディサポーターを威嚇していた。

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ここで少し僕とアマラオが最接近した時の思い出を紹介する。
味の素スタジアムに小学生を呼んでミニサッカーを企画したことがある。
そのゲストにFC東京はアマラオを呼んでくれた。
この厚遇に何かで応えなければと思った僕は、吹奏楽団にYou'll never walk aloneを演奏してくれと頼んでおいた。
当日FC東京のスタッフに、アマラオ時代にユルネバは歌われていたのか、と聞いてみた。

そのスタッフは、まだ歌われてなかったのではないか、と答えて、僕を少しがっかりさせた。
それでも、頻繁にFC東京のゲームを観戦しているアマラオのことだ、きっと理解して喜んでくれると思い直したのを覚えている。
実際、当日お手伝いしてくれたFC東京スタッフは非常に喜んでくれたし、会場も盛り上がったと記憶している。
今回「TOKYO WASSHOI!」の件の記述で、アマラオはユルネバ時代の東京にいたことが僕の中で判明した。
あの日の演出は僕が考えた以上にアマラオに伝わっていたんだと、改めてうれしくなった。
あの時、味スタのメインスタンドの下で待機するアマラオに僕は「よろしくお願いします」とあいさつをした。
アマラオは素晴らしく人間味あふれる笑顔を見せて応えてくれた。
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この日のゲームに臨むFC東京サポーターたちの心は様々な条件の下で大いにMovingしていたのが想像できる。
King of Tokyoの退団、優勝の可能性、そしてホーム味スタでのダービーマッチ。

...できれば僕もこの瞬間にだけは味スタに居たかった。
FC東京サポーターを始めてしまった現状では、現役のアマラオを見ていないことは"人間失格"に値すると思えてならないのだ。
この空白はいくら時間がたっても埋めることができない決定的なできごとだ。
どうにもならないこととあきらめつつ、しかし、もう少し早くFC東京と出会っていたらと悔いながら、FC東京のサポーターを続けていくしかない。

試合はFC東京が阿部吉朗のヘッドで専制するも、89分、天敵、ヴェルディ飯尾一慶に決められドローで終わった。
試合後、原監督は次のようにコメントしている。

アマラオが今シーズン限りで辞めるということを発言したこともあって、選手は気持ちが入っていた反面少し動きが固かったかなと。
///中略///
ヴェルディは短いパスをつないで攻めてくるだろうし、東京はスピードを生かして両サイドを破っていくという、お互いの特徴を活かした戦いになると考えていた。
///中略///
アマラオがずっとこのチームを支えてきて、彼のために勝ちたいという思いは選手にもスタッフにもあった。
だがそこで力が入ってしまったのも事実。
アマラオのおかげで他の選手、ブラジル人選手も、まじめに、ひたむきに戦っている。
そのチームカラーは、アマラオがお手本になって引っ張ってきてくれたおかげだと思う。

 

敵将 アルディレス監督からもアマラオへのねぎらいのコメントがあった。
・・・そしてこの場を借りて、アマラオ選手も称えたい。彼はJリーグにとっても大きな貢献を果たした。私は選手としても人間としても尊敬している。どのようにサッカーをなすべきか、その模範を示した選手だ。本当にお疲れさまと言いたい

そしてアマラオ本人はこのように語った。
今日の応援はすごかった。今日に限らず、いつもファンには勇気づけられている。
自分がゴールを決めて勝ちたかったし、結果は残念だが、ファンのみなさんの声援は常に私の心の中にある。
最後に場内を一周した時は、感情が高ぶり、熱いものもこみ上げて、いつもと違うあいさつになった。
12年間、自分がファンに愛されて、彼らとともに戦ってきたことをを改めて感じた。これかれも一緒にがんばっていきたい。

ここまで書いてきて随分昔のことのように感じるのだが、たった5年前の出来事だ。
土壇場でいらんことをしでかした飯尾選手は、先日の神戸戦にも出場しているし、この日、FC東京のゴールマウスを守っていた土肥はピンクのユニフォームでヴェルディのゴールマウスを守ることになるだろう。
茂庭も、浅利も、金沢も、藤山も相変わらずがんばっている。
僕の知らない東京ダービーの歴史は、2001年も2003年も同じように遠い昔の話だが、昔からの選手やスタッフ、サポーターにとってはすべてが今と繋がっている歴史だ。

2007年シーズン前、味スタでの練習試合から始まった僕のダービー。
今年だけで4試合が積みあがっていく。
そのすべてを味わいつくして、僕にとっての失われたダービーがほんのひとかけらになるまで、ずっとFC東京を応援していければ幸せだ。

posted by pepper at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | FC東京 ダービー

2008年04月09日

ダービーの歴史と対峙する新米ファン1

080408-01.jpg今週末はいよいよ東京ダービーだ。
いよいよ、と書いたが、僕のようなFC東京を応援して3年目と歴史も何も無いサポーターにとっては、周り(といっても主にweb上)がヒートアップしてきたのを見ての”いよいよ”なのだ。

僕のような新米サポーターはベルディとFC東京の戦いの歴史なんて知らないし、記憶の中を探してもヴェルディと対抗する材料はほとんど無い。
だから安直に、自分を盛り上げるための理由を作ってしまおう、という気分にもなる。

"東京にJのfootballクラブは2つ要らない"
"もともと川崎のチームが東京に来るのは許せない"
"そもそもチームの成り立ちがジャイアンツ的で好きじゃない"
などなどは、webを徘徊していると出会う書き込みだ。

しかし、実際のダービーでの対抗心は歴史が作るもので、過去に現場(味スタ・東京スタジアム)で起こったことが積み重なってできているのだ。
それは相手チームへの嫌悪だけではなく、ある種の愛も折り重なりつつできているのだ。
ダービーへの思いを少しでも純粋に感じたくて僕の知らない過去を書いてみる。

2001年3月10日、東京スタジアムのこけら落とし。満員の東京スタジアム。
FC東京の歴史を書いた『TOKYO WASSHOI!』からスタジアムの様子を要約する。
開会式にはキャプテン翼の三杉君が青赤のユニフォームを着て登場し、石原都知事とアマラオが始球式のボールを蹴った。
FC東京ゴール裏では発炎筒がたかれ、爆竹がなり、ヴェルディを煽っていたようだ。
それに対してベルディは下部組織の子供たち位しか応援が無く、筆者曰く"ヴェルディの元気のなさはただ事ではなかった"。

こんな東京スタジアムのスタンドとは対象的なのが登録選手の名前だ。
FC東京のホームページの試合記録を見て驚いてしまった。
東京側には、
土肥、藤山、浅利の名前がある。そしてアマラオ、三浦文丈、呂比須ワグナーなど。
ヴェルディには、
前園、小倉、北澤、武田の現役TVタレント軍団に、三浦淳宏、そして現マリノスの中澤がいる。
監督は大熊さんと松木さん。

ヴェルディゴール裏とグランドの華やかさの対比に、大きな空しさを感じる。
ヴェルディにとっては非常に苦しい時代だったのだろう。
不幸なサポーターすら、その場にはほとんど居なかったのだ。

試合は2-1でFC東京が勝ったのだが、終了間際89分まで0-1でヴェルディがリード、その後、アマラオがPKを獲得、呂比須が決める。
延長Vゴール方式の延長後半に呂比須が決めて東京が勝った。
『TOKYO WASSHOI!』によれば、ゴールの直後、満員の東京スタジアムは"カンプノウのよう"だったらしい。

こうしてダービーの歴史が始まった。
posted by pepper at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | FC東京 ダービー